雑感−1

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自分のことを分かって欲しいわけじゃない。

そんな夢みたいなこと望んじゃいない。
僕がいつも思っているのは、願っているのは、この存在の危うさを、この偶然の織り成す現実とやらを、深く深く記すことだけだ。
例えば君は言うかもしれない。

私は存在している。誰にも邪魔されずに。しっかりと。この世に。
ああ、君は何もわかっちゃいない。

誰一人、この世に確固と存在しているわけじゃない。

たまたま、偶然、突如として、僕たちはこの世に生を享けたに過ぎないひ弱な存在なんだ。自信なんか、どこから得たらいいんだ。根拠なんて何処にも無いのに。

自信は詰まるところ自分で自分にその都度付与するしかないのだ。永続的な、確かなものなど、何もないのだ。

例えば、誰かが歌をうたう。その歌をどのように聴くのか。
正解なんてどこにも、ないんだ。
詩を読む。誰かを好きになる。何かを欲する。
どこにも、正解なんてない。
全てが許され、全てが罰せられる。
少なくとも、その可能性を孕んでいる。
いや、「可能性」の話をしたいんじゃ、ない。
早とちりしないでくれ。
「可能性」なんて言い出したら、キリがなくなっちまう。

確かに、この世界は、「可能性に溢れている」そうかもしれない。

しかし、絶対に、「有限」だ。いつか終わる。

ふっつり、生の時間は途切れる。

その当てのない時間の終焉に立ち会う瞬間まで、何も悟らず覚醒せず、漂っているのは恐ろしい。

自分が絶対だとは思わないし、そう思う根拠も何一つないけれど。
……感覚とは、これ如何に?

 

嗚呼、

最終的に、人が、僕が頼っているのは、自己の「感覚」なぞというあやふやなものなのか?