「ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ」

有限の可能性

natsuhane
2019年5月15日2019年7月29日
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何かを書き始めようとするとき、

僕がいつも思うのは、

存在の危うさを、この偶然の織り成す現実とやらを、深く深く記そうということだけだ。

 

偶然?

君は言うかもしれない。全ては必然だと。

私は存在している。 誰にも邪魔されずに。 しっかりと。 この世に。

 

誰一人、この世に確固と存在しているわけじゃない。

たまたま、偶然、突如として、僕たちはこの世に生を享けたに過ぎないひ弱な存在なんだ。

自信なんか、どこから得たらいいんだ。

自信は詰まるところ自分で自分にその都度付与するしかないのだ。

永続的な、確かなものなど、何もないのだ。

例えば、誰かが歌をうたう。

その歌をどのように聴くのか。

正解なんてどこにも、ないんだ。

詩を読む。

誰かを好きになる。

何かを欲する。

どこにも、正解なんてない。

 

全てが許され、全てが罰せられる。

少なくとも、その可能性を孕んでいる。

いや、「可能性」の話をしたいんじゃ、ない。

 

「可能性」なんて言い出したら、キリがなくなっちまう。

確かに、この世界は、「可能性に溢れている」そうかもしれない。

しかし、絶対に、「有限」だ。いつか終わる。だったら可能性だって有限だ。

無限の可能性なんてない。

 

ただ、であればこそ、その当てのない時間の終焉に立ち会う瞬間まで、

何も悟らず覚醒せず、漂っているのは、僕は、恐ろしい。

 

自分が絶対だとは思わないし、そう思う根拠も何一つないけど、

少なくとも自分自身の自意識と肉体の感覚だけはそうなっている。

 

感覚?

感覚とは、これ如何に?

最終的に、人が、僕が頼っているのは、自己の「感覚」なぞというあやふやなものなのか?

 

 

 

雑感