「ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ」

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natsuhane
2019年7月29日
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死を思わぬ日はない。

自らの、死のイメージ。

それが唯一の安息の時間を約束するイメージ。永久の眠り。

 

そんな僕が書く目的はただ一つ。

自己の存在の証のため。

その必要がなければ、誰が文字など書くものか。

人は死に際してすら、何かを書き残そうとする浅ましい生き物だ。

誰も、「残す」=「遺す」ことへの欲望を制圧できない。

僕だってそうだ。君だって、たぶんもしかしたらそうかもね。

 

名もない花が、風に揺れていた。

それは何ということもないありきたりの風景だ。

普段は気にも留めないような。

でも、そんな何気ない物がふと気になる瞬間が、たまにはある。

君にだってある、…かもしれない。

僕はいまや、なにものをも信じられないようなそんな場所で呼吸している。

自分自身さえも、自分が実感するあらゆるものでさえも。

根拠・理由・原因・結果。すべて恣意的なものじゃないか。だれがその正しさを保証するのか。

 

 

いや、そんなことはもういいんだ。

 

世界は、理不尽に満ちている。

言い直そうか。

 

 

世界は、謎に、満ちている。

 

様々な情報にタグが付けられ、整理され、もしかしたら管理されている現状の中にあって、それはまるで定理のようにその真偽が云々される。

物事の真偽が問われることがあたかも「決め事」のようだ、ということだ。

価格は価値に対して適正か、

表示されているものに誇大や詐称はないか、

他人の言葉は「信用」に足るか、

その通貨は本物か、

その笑顔に裏はないか。

 

誰だって騙されるのは嫌いだ。

欺かれるのは嘲られるのとも同じだから。

本当はプライドが一番大事なんだ。

命なんか、尊厳に比べたら……。

 

個人の名声とは違う、誇りというものがある。

自らの命に対しての、自分なりの回答というやつが。

それが各人めいめいの「誇り」というやつだ。

その誇りを傷つけられたら人は死ぬ。

社会的に死ぬのだ。

社会なんて一過性の幻みたいなものだが、少なくともいま目の前にある現実が「自分の」現実なら、人はそこを生きる。

人がその「現実」をいったん生き始めたなら、それは動き出すのだ。

その歯車は彼の・彼女の死まで止まらない。

独善的だ、観念的だ、排他的だ、無責任だと、他者の情報の信憑性を検証することもなく、

無暗に飲み込み、そこに小骨があると激怒する。

そんな手前勝手な輩の中に餌を放り込むのは勇気がいるが、また、それは楽しくもある。

 

語りは、騙り。

外連味いっぱいに、そう呟く。

 

 

今日の終わりと明日の始まりの隙間の時間に訪れる静寂の数秒のあと、

また一気に喧噪がやってくる。明日が今日に生まれ変わる。

すべてが終わり、始まる。

 

雑感