Pocket

「心あるひと」という言い方が好きではない。

「あの人は心ある人だ」という時に、その発言者が言いたいのは、実は「あの人は、俺の心情をよく汲んでくれる人だ」という意味ではないか?

自分と同じ種類の心を持っている人だと言っているだけで、自分と同種の心以外は心と認めない、と言っているに等しい。

当たり前だが、心はひとつでは、ない。

 

「感情」はその多様性が徐々に認められつつあるのかもしれないが、

「心」は未だに、一種類の「心のかたち」しか認められていないような気がする。

 

善悪で。

大きい小さいで。

綺麗汚いで。

乱雑に、輪切りにされる。

 

一律に語られ誉め称えられ蔑まれる「心」が、

僕たちの多様な、

多角的な、

明るくもなり昏くもなり、

沈み浮き上がる

心の躍動が、

阻害され、疎外されている。

 

心は、本当は、

何処に「在る」のだろうか?